生活の質と命に関わる人生のできごとが協会設立のきっかけ
ナチュラル薬膳生活文化普及協会のおいたちは2008年8月8日にさかのぼります。
設立したのは、薬膳と縁のない業界でごく普通のサラリーマンをしていた須崎桂子けいてぃーです。
薬膳の協会と教室を創ろうと思ったきっかけは設立の5年前、人生にいっぺんに訪れた家族の生活の質(クオリティー・オブ・ライフ、QOL)そして命に関わる様々なできごとでした。
そして、それらが引き金で生じた人生観の大転換が薬膳の協会と教室を生んだ原動力になっています。
活動する媒体として社会貢献として情報を発信する部門を協会、ノウハウを実際に教える部門を教室に分けました。
薬膳の協会と教室を立ち上げる5年前、ほぼ1年の間に貴重な人生のできごとが重なりました。
遅かった結婚で訪れた幸せな生活・がんになった父の看護・うつ病が治らない母の看護・めいっ子の誕生の喜び・婦人科系の手術の苦しみ・不妊の悩みを経験したのです。
結婚して実家を出てすぐに、父ががんの告知を受けました。
すると父がまだ元気なうちに母が鬱になり、なぜか家事一切を放棄。
母は食事もとれなくなり、父が面倒を見る逆転状態に。
何とか母を少し回復してもらい、父が入院して放射線治療を開始。
病院にお見舞いに行って目にした食事が病人の心を癒すにはあまりに質素なのに驚きました。
そこで通院治療になってからは実家に何度も帰って食事を作るようにしました。
しかし、鬱で食欲のない母や、放射線治療をしていた父に何を料理したらよいか、当時はよく分かりませんでした。
実家に帰るたび両親は喜び手料理を食べてくれましたが、その年の暮れに父とは永遠のお別れ。
母は鬱から老人性の無気力症候群におちいり、介護施設のお世話になりました。
食事と命の関係に目覚めた人生観の大転換
こうして結婚してからほぼ1年の間に自分の中で人生観の大転換が起こりました。
結婚した年末に父の葬儀。
そして年明けすぐにめいっこが生まれて、今度は新たな命の誕生に感動。
その一方で、同じ年初に今度は自分が婦人科系の手術で病院に短い入院をしました。
短い間に、家族と接しながら食事や命に関わる出来事が重なりました。
するとそれまで仕事に明け暮れていた自分は、人生に対する価値観がガラッと変わってしまったのです。
消えていくイノチと別れる悲しみ。
悲しみと不安で何もできなくなるココロの病。
新しいイノチを家族に迎える喜び。
病気で引き起こされるココロとカラダの痛み。
子宝に恵まれない諦めのキモチ。
年齢を重ねて家族や自分の健康に対する不安。
喜びや悲しみの感情が混じり合う中で、QOLや命を支える食事、そして心・体・魂、人生の意味について考えるようになったのです。
人生において命のテーマに深く向き合うタイミングや経験は人によって様々でしょう。
誰でも命についてふと考えるときはありますよね。
自分には家族の命の終わりと始まりに続けざまに関わったあの1年間が、人生の課題と向き合うタイミングになりました。
それまでの生き方を見つめ直し、自分の努力ではどうにもならない自然の摂理を肌で感じたからです。
手術に行く途中に訪れた中医学と薬膳との出会い
そんな最中、婦人科系の手術を受ける病院に向かう途中に、書店の店先に置いてあった薬膳料理のレシピ本に目が留まり、術後に病院のベッドで読みふけりました。
レシピは中華料理のシェフによるもので、あまり家庭的なお料理ではありませんでした。
でも、薬膳の理論を監修したページには、薬膳が中医学に基づいた食事療法であることが説明してあって、とても面白かったのです。
その中医学はもともと中国の古代哲学の考え方に基づいています。
自然環境と人間の調和や、人間のココロとカラダの全体的なバランスなどが、健康に深く関わっていることを知りました。
そこで仕事に復帰した後に働きながら、薬膳の学校に通って中医薬膳学を修め、日々の食事を大切にして健康を守ろうと心がけるようになりました。
中医薬膳学では五臓六腑の働きを知って、心と体の調子に合わせて、食材や調理法を選んで料理します。
しかしまだこの時点では、安定したサラリーマン生活をやめ、薬膳の協会を始めようとは思っていませんでした。
とにかく結婚して家庭でキッチンを預かるようになったこともあり、やってみたら料理が楽しくなってきた時期です。
共働きで忙しかったけれど、薬膳の考え方を取り入れて家庭薬膳を作るようになりました。
自分と家族のお弁当も薬膳の考え方を活かして、勤め先に持って行く毎日。
こうして会社勤めの仕事もチャレンジが面白くて働き続ける日々が戻ってきました。
薬膳の協会と教室を立ち上げた原動力
以前のようなサラリーマン生活が再び訪れたものの、人生に対する自分の価値観は大きく変化。
薬膳の素晴らしさを人にも伝えたいという気持ちが、心の中から膨らんできました。
そこで自宅で週末に少し薬膳を教え始めたのです。
そのときお客様から感謝された喜びが、その後に薬膳の協会と教室を立ち上げる原動力のひとつになりました。
中医学で食事療法を組み立てる薬膳の知恵で自分は心と体が健やかになりました。
だから人生観が大転換したあの頃、食事療法で悩んだ自分のような人を少しでも減らしたいと思うようになり始めたのです。
それ以来、ふだんの食事で健康を守る先人の知恵を伝えるのが大きな喜びになりました。
薬膳を習いに来てくれた心臓にペースメーカーが入ったまだ40歳代くらいの女性は、体のことだけでなく心の悩みも打ち明けてくれました。
食事がダイレクトに病気を治すことはまれですが、予防とケアはできます。
そこで、先人が伝えてくれた血液をサラサラにする食べ方や、心を癒す香りのよい食材の使い方をご紹介。
お客様は表情がとても明るくなり、とても喜んでくださいました。
自分のコンディションに合わせた食べ方や生き方の方法は、人生の質をよりよくする一生の宝物。
薬膳の知恵は自分だけでなく人の人生をより豊かにすることにも気づくようになりました。
薬膳の協会と教室を設立
その一方で更年期の年代に入る前くらいから仕事が思い通りに行かないことが増え、情けなく感じることが多くなりました。
それでも無理をして勤めを続けていたら、とうとうココロとカラダのバランスが崩れました。
せっかく中医学を通じて、自然と調和した生き方や、QOLをさらに意識するようになってきた頃でした。
しかし自分の想いのままにならないサラリーマン生活で、理想的な暮らし方と仕事のプレッシャーのつり合いをとるのは簡単ではありません。
するとだんだん自分の生き方に、ちぐはぐな違和感を覚えるようになったのです。
その一方で家庭で心がけていた薬膳フードセラピーが体だけでなく心も癒すことに、改めて気づく機会になりました。
そこで一大決心をして勤めを辞めて薬膳の協会と薬膳教室を創ろうと決意して今に至ります。
人生観の大転換から始まった薬膳で自分も人も幸せにしたいという想い。
それがナチュラル薬膳生活文化普及協会のおいたち、誕生秘話です。
まとめ ナチュラル薬膳生活文化普及協会のおいたちは人生観の大転換が原動力
ナチュラル薬膳生活文化普及協会のおいたちは、サラリーマンだった創設者の自分が食事と命と健康の関りについて、人生観が大転換したのがきっかけでした。
協会の活動が10年以上つづいているのは、食事と命と健康と人の幸せについて深く考えさせられたあの1年間があったからです。
そのおかげで、自分も人も薬膳で幸せにしたいというライフワークに気づけました。
もちろん、会員さまや理解のある家族をはじめ多くの方々の支えも大きな理由のひとつです。
ナチュラル薬膳生活文化普及協会のおいたちは、食事と命の大切さを薬膳というかたちで世の中に伝えたい情熱がその実現を可能にしました。
そして支えて下さる方々への感謝を原動力にずっと薬膳の協会としての活動を続けています。
須崎桂子
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